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汝等一同の者よ、 一臂の力授からんとて、正法に目覚めゆく汝等にあれば、
それぞれに己が魂のあり方、いささかなりとも、おぼろげなりとも、
悟りおろうがや。はるばると四国路に参りて、弘法大師の御跡慕い、
一ヶ寺一ヶ寺参拝いたして、何を得て帰りたるぞや。
人は肉体にあらずして、その本質は霊魂なりと、しかと悟り得るまでの修行にこそ、
今世肉体賜りたる真価なるぞや。
千年あまりを経て、なお今日、かく衆生に慕われ、
現世御存命の時を偲びてはるばる御跡慕い奉らんとは、
その霊魂の真価にこそ、打たれて初めて感得なし得る己が魂のあり方なるぞや。
汝等、己れはただ肉体のみなりと思い過ごして、
目先の快楽、欲望のみに明け暮れたる今日まで、
いかに空しき年月を重ね来たりしやと、思い巡らさんことこそ、
大師の御跡慕い奉りたる甲斐あるものなり。
人間といたして、凡夫の楽しみいささかも求めず、
ただ明け暮れを衆生のため、いかにもして己が命棒げ尽くして救わばやと、
一心ただ慈悲の心に生涯を終わられし大師とは、
己が心といかほどの相違ありやと、しみじみと比べみるべし。
汝等はやがて成仏なさんとの本願をもって、
正法一筋に行じゆかんと励むものなれば、
己が魂のありかをおぼろげながらにも確認いたして、せめて肉体なき後々、
己が子孫だけなりとも尊き先祖よ、いと有り難き先祖よと、
いついつまでも慕われ、敬わるるものとならずんば、せっかく行じたる甲斐はなし。
今日ここに参りたるそれぞれの魂の次元、各々互いに違えども、
我が子、我が子孫のためにと思う心は、やがて人のため、衆生のため、
全人類のためにと、思いを広げて我が心に、我が子に対する慈悲心をば、
広く衆生に及ぼしゆかん真情を身得なしゆく修行にこそ、本願たるの成仏の道あり。
汝等よ、弘法大師の御足跡、しみじみと悟り得て、己が日々のあり方と、
いかばかりの相違あるやを比べみて、同じく人といたして今世に生まれし身の、
我が心いかに我欲に満ち、ただ己が心情の微々たるの内に、
しかと我欲を握りしめ、人を思わず、国を思わず、世界を思わぬ小さき心、
恥ずかしとこそ、思いみるべし。
正法とは、やがて成仏なさんの一念、ただこの一念のみを本願といたして、
広く衆生に及ぼしゆかん大慈悲心をこそ、養い得てこそ、
その本願成就の道ありと、よくよく悟りて、人のために喜びて尽くし得る日々の心、
惜しまず養いゆくことにこそ、大師の御跡慕いて、
いささかなりともその御徳にあずからんと志せし甲斐あるものと申すなり。
深く己れを省みて、微々たりとも、遅々たりとも歩みて近づきゆかんことこそ、
はるばる参りし甲斐あるものぞや。
合掌
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